今回の記事では、API500 Seriesを使用してレコーディング時に活用できるチャンネルストリップの例を紹介いたします。
API 500シリーズとは
APIの500シリーズについてのおさらい
500シリーズは元々70年代にAPIのレコーディングコンソールと共に発表されたモジュラー規格となります。このモジュラー企画は1968年にSaul Walker氏によって開発され、コンソールのプリアンプやコンプレッサー、EQなどがメンテナンスが必要になった時に簡単に取り出して交換やメンテナンスすることを可能にしました。その後80年代になり、Aphex社が初のポータブル500シリーズラックを発売し「Lunchbox」の始まりとなりました。
この規格の利便性は、プロデューサーやレコーディング・ミキシングのエンジニアにも徐々に浸透しました。お気に入りのチャンネル・ストリップを、様々なスタジオのセッションから、また次のセッションへと持ち運べるという革命を起こしました。
1985年からAPIは2スロット、6スロット、10スロットの500シリーズ・シャーシの自社生産を開始しました。そして現在ではAPIがLunchboxの商標を所有し、モジュールを製造する全てのメーカーのスタンダードとなっています。
モジュールの種別ごとの紹介をまだ見ていない方は以下の記事もぜひご覧ください。
【API 500 Series】API 500 Series紹介 Part1(シャーシ&プリアンプ編)
【API 500 Series】API 500 Series紹介 Part2(EQ編)
【API 500 Series】API 500 Series紹介 Part3(コンプレッサー編)
API 500シリーズのモジュールは、そのパンチの効いたサウンドとアナログの温かみによって、 各楽器やミックス全体へ強力なカラーリングを付与することができます。 今回は、オリジナルのチャンネルストリップを組む際に、ベースとなる組み合わせを紹介します。
様々な楽器に対応できる組み合わせでもあるので、この組み合わせを使った楽器別(ボーカル・ギター・ベース・ドラム)のオススメの使い方を各モジュールの意図・狙いおよび ジャンル別のおすすめパラメーターセッティングと合わせて紹介いたします。
ベースとなる組み合わせ
ベースとなる組み合わせとして今回は2種類の組み合わせを紹介します。
①クラシックなAPIサウンドを意識した組み合わせ
②モダンで柔軟なコントロールができるようにした組み合わせ
クラシックなAPIサウンドを意識した組み合わせ
クラシックAPIサウンド重視の組み合わせとなるチャンネルストリップを紹介します。いずれのモジュールにもAPI独自の2520ディスクリートオペアンプやカスタムトランスが用いられ、パンチと温かみが共通の基盤となります。
クラシックAPIサウンドを素早く得たい場合、最も定番かつシンプルな構成として、
- API 512c(マイクプリアンプ)
- API 550A(EQ)
- API 525(コンプレッサー)
というチャンネルストリップが挙げられます。
APIの代名詞的とも言えるパンチのあるサウンドを手早く生み出せる組み合わせです。
このクラシックAPIサウンドを意識した組み合わせのポイントは、パンチのある中域と素早く直感的な操作。3つのモジュールがそれぞれパラメーター設定をステップで設定するため、【外しにくい】サウンドが短時間で得られます。
改めて、この組み合わせのポイントをふまえた運用のポイントは…
512cで「APIトランスのパンチ/太さ」を仕込む
シンプルな操作で太いサウンドを作れ、大きな音源の場合でも(-20dBパッド)で対応可能。
550Aで「音楽的な3バンドEQ補正」をすばやく施す
ステップで選択するタイプの周波数とゲインによりすばやく「シンプルかつAPIらしい」音作りが
可能。
525で「コンプレッション or リミッター」をシンプルに使い分け
2:1 モードと20:1 リミッターモードの2種類のみのシンプルなレシオ切替でサウンドキャラクタ
ーを瞬時に変更可能。
モダンで柔軟なコントロールができるようにした組み合わせ
モダンで柔軟な操作重視のチャンネルストリップを紹介します。これらのモジュールを組み合わせることで、従来のAPIのパンチや温かみを保ちつつ、より広いパラメーター調整やモダンなサウンドメイクに対応しやすいセットアップが実現できます。
モダンで柔軟な操作がしたい場合の構成として、
- API 512v(マイクプリアンプ)
- API 550b or API 560(EQ)
- API 527A(コンプレッサー)
この組み合わせは、いずれもAPI独自の2520ディスクリートオペアンプやカスタムトランスを搭載しつつ、可変パラメーターや機能面での拡張性が高いのが特徴です。この柔軟性から様々なジャンルに応用しやすいです。
あらゆる楽器をAPIらしく仕上げるこのとできる定番の構成です。モジュールごとのパラメーター範囲が狭めでも、音楽的なサウンドとなるようチューニングされているのがAPIの強みです。迷いにくい操作で音作りのスピードを高めつつ、仕上がりもパンチあるヴィンテージ色を帯びるため、多くのユーザーから信頼されています。
改めて、この組み合わせのポイントをふまえた運用のポイントは…
512vでの“ゲイン&アウトレベルの独立操作によるサチュレーションのコントロール”
ゲインを高めにし、トランスサチュレーションを作りつつ、出力レベルを抑える→わずかな歪みを
意図的に演出し、“パンチのあるアナログ感”を加味。
550b または 560の幅広い周波数補正
550b
ボーカルやギター、ベースなどの“肝”となる中域帯域を2バンド(Low-mid / High-mid)で丁寧
にブースト/カット
プロポーショナルQで、大きくブーストしても周波数レンジが狭くなりすぎない“音楽的なEQカー
ブ”
560
63Hzや125Hzなど明確な周波数帯を狙い撃ちしてブースト/カット。ドラムやベースなど低域の混
濁を精密に除去
周波数帯を視覚的に把握しやすい→ミックスバス等で数dBの補正を直感的に行う。
527の柔軟な可変コンプレッション
フィードフォワード / フィードバック切替でのアグレッシブなキャラクターとソフトなキャラク
ターの使い分け
サイドチェインHPFにより過度なコンプレッションを防ぎタイトなローエンドを保つ
幅広いアタック/リリース設定で楽器のキャラクターに合ったコンプレッションが可能
この構成ではAPIらしいパンチや中域の押し出しを保ちながら、自由度の高いサウンドメイクを実現できます。より広いパラメーター調整やモダンなサウンドメイクに対応しやすいセットアップが実現でき、多彩でモダンな音作りが可能です。
ユースケースごとのオススメセッティング
ではここからは、上記で紹介した【クラシックなAPIサウンド】(512c+550A+525)と【モダンで柔軟なコントロール】(512v+550b+527A)を使って各楽器・パートをレコーディングする際にスタートポイントとなるセッティングをご紹介します。設定の意図も解説しますので、以下の設定を参考に欲しいサウンドを探求してみてください。
ボーカル
クラシックなAPIサウンド
ロック・ポップスのボーカルをレコーディングしたい場合
- 512c: Gain 40〜45dB
- 550A:
- Low(100Hz)-2dB
- Mid(2.5kHz)+2dB
- High(10kHz)+1〜2dB
- 525: Ratio=2:1 / Threshold -10dB (GR=3〜5dB)
このセッティングでは、550Aでボーカルの中低域を軽めに整理し、2.5kHzあたりをブーストすることで抜け感を演出できます。
さらに、525で軽いコンプをかけパンチ感をコントロール、サビなどで声が大きくなりダイナミクスが大きい場合には、そのパートだけリミッターモード(20:1)でピークを制御する方法も取れます。
モダンで柔軟なコントロール
R&B・ソウルのボーカルをレコーディングしたい場合。
- 512v:
- Gain 40〜45dB、Output -5dB
- 550b:
- Low Band(100Hz): +1dB (シェルビング) → ボーカルに少し厚み
- Low-Mid(500Hz): -1dB → こもり除去
- High-Mid(2〜3kHz): +2dB → 声の抜け感
- High(10〜12.5kHz): +1dB → 上品な輝き
- 527:
- Attack 5〜10ms / Release 0.3〜0.5秒 / Ratio=2:1
- Threshold: -10dB (GR=3〜5dB)
このセッティングでは、512vで過剰歪みは回避し、僅かなサチュレーションを付与。ボーカルに温かみを付加。550bではLow Bandでボーカルの厚みをコントロールし、Low-Midで音声のこもりを除去します。High-MidとHighの部分では音声の抜け感と輝き感を付加します。527ではHPFサイドチェインを活用し、過剰なコンプレッションを防ぐことで、より滑らかなコンプレッションがかけられます。
ギター
クラシックなAPIサウンド(ロック / ブルース)
ロックやブルースのギターを録音したい場合
- 512c: Gain 40〜50dB
- 550A: Low(100Hz)-1〜-2dB / Mid(2kHz)+2dB / High(5kHz)+1dB
- 525: Ratio=2:1 / Threshold -8dB (GR=3〜5dB)
このセッティングでは、550AのMidとHighを使ってギターのリフやソロの中域〜高域を強調し、楽曲の中で埋もれないトーンを狙っています。525ではアタックを維持しつつ、塊感を付加しています。
モダンで柔軟なコントロール(メタル / プログレ)
メタルやプログレのギターを録音したい場合
512v:
- Gain 45〜55dB → Output -5dB
560 (Graphic EQ):
- 63Hz: +1dB (低音の厚み)
- 125Hz: -2dB (モコり回避)
- 500Hz: -1dB (こもり対策)
- 2kHz / 4kHz: +2dB (リフのキレ味)
527:
- Attack: 1〜5ms / Release: 0.1〜0.3s / Ratio=4:1〜6:1
- Threshold: -8dB (GR=5〜7dB)
- Mode: フィードフォワード+HPF(80Hz)
このセッティングでは、512vのGainを高めに設定することでやや歪み気味のトランスサチュレーションを付加することで攻撃的なサウンドを狙っています。EQはグラフィックEQの560を選択。ピンポイントで厚み、こもり感、キレをコントロールします。527ではタイトかつアグレッシブなコンプレッションを狙った設定を行うことで、リフなどが前に出るように狙っています。
ベース
クラシックなAPIサウンド
ロックやR&Bのベースをベースを録音したい場合
- 512c: Gain 40〜50dB
- 550A: Low(50Hz)+2dB / Mid(800Hz)+1dB / High(5kHz)+1dB
- 525: Ratio=2:1 / Threshold -10dB (GR=3〜5dB)
このセッティングではボトムの厚みと中域のアタックを両立できるようにEQをしています。コンプレッションに関しては軽めにかけることでグルーヴを支え、太くパンチあるベースラインに仕上げるように狙っています。
モダンで柔軟なコントロール(ファンク / ポップ)
ファンクやポップのベースを録音したい場合
512v:
- Gain 45〜50dB、Output -5dB
560:
- 63Hz: +2dB (ボトム)
- 125Hz: -2dB (モコっと帯域除去)
- 1kHz: +2dB (アタック明瞭)
- 2kHz: +1dB (スラップの抜け)
527:
- Attack: 1〜5ms / Release: 0.2〜0.4s / Ratio=3:1〜4:1
- Threshold: -8dB (GR=3〜5dB)
- Mode: フィードフォワード+HPF(80Hz)
512vではGainを若干クリップする程度までで抑え、ベースラインにパンチを加えることを狙っています。EQはグラフィックEQの560を選択。ピンポイントでボトム、こもり感、アタック感やスラップの抜け感をコントロールします。527では過剰なコンプレッションは避け、タイトかつ迫力のあるベーストーンになるように狙っています。さらに、HPFでローエンドを過剰に潰さないよう配慮することで、強固なリズム感を保持できるよう狙っています。
ドラム
クラシックなAPIサウンド
キックやスネアを録音する場合
- 512c: Gain 40〜50dB
- 550A:
- キック: Low(50Hz)+3dB, Mid(300Hz)-2dB
- スネア: Mid(2kHz)+2dB
- 525: Ratio=2:1 / Threshold -10dB (GR=3〜5dB)
キックには腹に響くようなローを550AのLowで付与。スネアには、550AのMidを使ってパキッとしたアタックを強調することを狙っています。525では、フィードバックタイプのコンプレッションを選ぶことでドラムのピークを軽くまとめ、勢いあるクラシックAPI感が感じられるドラムトーンにすることを狙っています。
モダンで柔軟なコントロール(Mixでの活用)
ファンクなどのドラムのミックスで活用する場合(ステレオで使用)
512v:
- Gain 35〜40dB / Output -5dB
550b (4バンドEQ) あるいは 560:
- ドラムバス:
- Low(30Hz or 50Hz): +1〜2dB → ボトムの迫力
- Low-mid(250Hz or 500Hz): -1dB → こもり防止
- High-mid(2kHz〜4kHz): +1〜2dB → スネアアタック/シンバルの抜け
- グラフィックEQ(560)なら31.5Hz, 63Hz, 125Hz, 2kHz, 4kHzなど細かく調整。
527A:
- Attack: 5〜10ms / Release: 0.2〜0.4s / Ratio=2:1〜3:1
- Threshold: -8dB (GR=2〜4dB)
- フィードフォワード+HPF(60〜80Hz)
このユースケースでは、それぞれのモジュールを2台づつ用意してステレオでドラムバスに挿して運用します。まず512vで全体をAPIのトランスに通すことで、色付けを行います。次に550bではそれぞれの帯域で迫力、こもり感のコントロール、スネアやシンバルの抜け感をコントロールします。さらに細かくコントロールしたい場合にはグラフィックEQの560を選択しても良いでしょう。最後に527Aをバスコンプとして使用してドラム全体にパンチとまとまり感を出すことを狙っています。
まとめ
今回の記事では、APIの500シリーズモジュールでオリジナルのチャンネルストリップを作成する際に基本となる2つの組み合わせを紹介いたしました。
クラシックAPIサウンド重視の【512c+550A+525】の組み合わせでは、
短時間で“外しにくい”APIトーンが得られ、パンチと温かみをシンプルに付与できる。ロック系やヴィンテージ感が求められる録音現場で即戦力となる組み合わせと言えるでしょう。
モダンで柔軟な操作重視の【512v+550b or 560+527A】の組み合わせでは、
多機能なパラメーターによる精密なサウンドチューニングが可能であり、さまざまなジャンルや用途で、細かい周波数補正とダイナミクスコントロールを行いたいプロダクションやミックス環境で強みを発揮すると言えるでしょう。
いずれの組み合わせもAPI特有のパンチとアナログ的温かみを共通して持っており、それぞれがユーザーのニーズに応じて選択可能です。素早い音作りで作業の簡略化を優先したい場合にはクラシックAPIを意識した構成、幅広い音作りを求めるならモダンで柔軟なコントロールを意識した構成、といったように使い分けることで、API 500シリーズの魅力と真価を最大限に引き出すことができます。
この2種類の組み合わせを使い、足りない部分や違うキャラクターのモジュールに変更することで自分だけのこだわりの詰まったオリジナルのチャンネルストリップを作っていくことができます。
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